10月 032012
 


僕が好きな画家であり建築家であるフンデルトヴァッサーの言葉をメモ。

拘束されるな
追従するな
定規で引いたものには不信を
直線は胸に抱くな
個性的であれ
自由であれ
創造的であれ
そして何よりも色彩豊かであれ
そうすれば何者にも脅かされぬであろう
なぜなら
そうしてこそ
打ち負かされることも
打ち殺されることもないからだ


(Photo © by tm-md)

フンデルトヴァッサーは1928年、オーストリアの生まれ。幼い頃、森で花を摘み、押し花にするのが大好きだった。やがてその美しい花の色をそのまま残したいと絵を描き始める。母方がユダヤ系だったためにナチス・ドイツ支配下ではユダヤ人街へと追いやられ、地下室で暮らしていた。

やがて画家を目指すようになったフンデルトヴァッサーは、スケッチブック片手に訪れた北アフリカの旅で、土地の赤い土を使って造られた伝統的な建築物と出会う。これを契機に都市部で見られる無機質な近代建築に違和感を覚え、自然への畏敬の念を込めた作品を発表し続けた。絵画だけでなく、彼の手がけた建築は現在も数多く残されている。

僕の周囲の友人は皆、バルセロナにあるガウディのサグラダ・ファミリアを一度は見たい、と口を揃えて言うけれど、なんといっても僕は「フンデルトヴァッサー・ハウス(1986年、写真1,2,3枚目)」が見てみたい。

およそ建築物の外観と思えないカラフルでリズミカルな色彩と、子供のこねた粘土細工のようなふにゃふにゃとした曲線の壁面。中の階段には彼の好きだった渦巻き模様。地面を植物から奪ってしまった罪滅ぼしか、至る所から生えている植物。

フンデルトヴァッサー
(Photo © by Sarah_Ackerman)

「建築とはこうあるべき」という常識を全く無視した、子供の絵のような自由さが僕は好きだ。彼は、家そのものが変化し成長して行く事を願ったという。建物から生える植物がどんどん生長するように、建築とそこに住む人間も有機物であり、どんどん変わっていけば良い。住民たちは部屋を自由につくり変えてよいし、子供が廊下で落書きをするのも歓迎だそうだ。

日本でもフンデルトヴァッサーの建築を見る事ができる。
有名なのは、大阪市環境局舞洲工場だろう。よく日本のお役所がこのような「奇妙」な建築物にGOサインをだしたものだな、と感心してしまう。
フンデルトヴァッサー
大阪市環境局舞洲工場。画像元 : wikipedia

その他に、東京赤坂のTBSに「21世紀カウントダウン時計」(1992年)、キッズプラザ大阪の「こどもの街」(1997年、これは建築物そのものではなく、こどもの街ゾーンのデザインのはず、要確認)など。


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