10月 092013
 

今年も井の頭公園に「紅テント」がやってきました。2013年10月上旬現在、ジブリ美術館の奥にある公園西園グラウンドの横、旧プール跡地の空き地に、こつ然と姿を現しております。これ、毎年恒例なんですよね。


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井の頭公園 唐十郎 紅テント
▲毎年、突如表われる紅テント。ある意味季節を感じます(笑)

この紅テント(赤テント)、劇作家・俳優の唐十郎率いる「唐組」の公演のためのもの。唐十郎と言えば知る人ぞ知るアングラ演劇の旗手であり、1960年代には劇団「状況劇場」を率いて大きな話題となり、「状況劇場」は麿赤児、四谷シモン、後期には根津甚八、小林薫ら多くのスターを生み出しました。劇団解散後は新しい劇団「唐組」を立ち上げ、現在に至ります。

この「紅テント」、過去を辿れば状況劇場が1967年に新宿の花園神社建てたのがルーツ。当時、公序良俗に反するとして地元商店会から排斥運動が発生、結局状況劇場は花園神社を追い出されてしまいます。その後1969年には新宿西口公園にゲリラ的にテントを建て、200名の機動隊に囲まれながら公演を敢行しました。今では考えられない時代の空気ですね。60年代アングラシーンの熱気を今に伝えるのが、この紅テント。

唐十郎 紅テント 受付@井の頭公園
▲コンパクトな掘建て小屋の受付。花束と相まって、何かのワンシーンのよう。

今年の公演は「糸女郎」、作・唐十郎、演出・唐十郎+久保井研。10月中の週末を中心に(10月5,6,11,12,13,18,19に公演予定)夜七時から開演されます。何しろサーカスを思わせる紅テントに夜の帳、そして幻想的な演目ですから、テントの中は異世界の空気に包まれるわけです。今日のある方は当日券もありそうなので、是非。演劇はちょっと…という人も、この紅テントの周辺はちょっと異世界な雰囲気が漂っていて面白いので、散歩がてら外から見るのも楽しいです。

なお、井の頭公園の後は雑司が谷の鬼子母神境内に「紅テント」が移動します。こちらは10月26,27日と、11月1,2,3の毎夕7時から公演予定。井の頭、鬼子母神ともいずれも前売券3,500円、当日券3,600円。

唐十郎 唐組 紅テント 看板
▲手作りの立て看板。

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8月 032013
 

最近奄美諸島関係の仕事を手伝っているので奄美の存在を気にしていたら、写真家・管洋志の素晴らしい写真集「奄美~シマに生きて」に出会いました。観光ガイドブックを見るよりも、これ一冊をじっくり見た方が、よほど奄美の姿が理解出来るように思います。

■美しいけれどどこか哀しい…奄美の風景

一般的に奄美群島は琉球・沖縄と混同されがちで(行政区域は鹿児島県)、「南国リゾート」「エメラルドの海と白い砂」的なイメージを持たれている方も多いと思います。確かに海は美しいしマングローブも島唄もあるし、そこまで間違ったイメージではないのですが。

奄美群島の歴史はなかなかに複雑です。琉球、薩摩藩、そしてアメリカと、時代のうねりの中で支配者がコロコロ変わり、島人は苦しい生活を余儀なくされてきました。そうした悲哀の歴史の名残なのか、どこか陰影のある独特の文化や風景が形づくられ、今に伝えられています。

■管洋志の「人間写真」

写真家・管洋志は「人間写真」をテーマに掲げアジア各国、特に東南アジアを中心に、滾る(たぎる)ような人間の生活の風景を写し続けてきました。管の写真は一言でいえば「生々しい」。

例えば奄美の無邪気な小中学生の写真。溌剌としていて、人間の生の感覚に溢れているなあと思って見ていると、ズボンが汚れ、穴があいていたりします。あるいは中学生男子の生えかけのヒゲ、つながりかけの眉毛が、毛穴ごと目に飛び込んできたりします。

同様に石垣の朽ちたディテール、植物の産毛、筋肉が落ちた老人のスネ、親戚縁者の集まりの席、夜の帳(とばり)に細々と灯される家の明かり、特攻隊の記憶など、「亜熱帯」「南国」という言葉から連想される陽のイメージとは違う、ざらざらとした生活の姿が切り取られています。

写真集巻末の文章も、奄美を知る手がかりとして面白いものでした。島では車ですれ違う時に頭を下げて挨拶する(たとえ知り合いでなくとも)など、実際に島に行かなければ体感できないようなエピソードも。

旅に求めるものは人それぞれ違うとは思いますが、例えば現在の生活を見直し一度リセットしてニュートラルな気持ちになりたい時などは、奄美群島はいいかも知れませんね。まだまだ記号消費的な観光が浸透していない島だと思うので(それでいて面積、人口とも大規模な群島)、ゆっくりと巡る甲斐があると思います。

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6月 072013
 

岡本太郎と言えば「芸術は爆発だ」のセリフが有名で、変わり者、エキセントリックな人というイメージで見られがちです。しかし、本当の彼は繊細でした。誰よりも悩み、その上で決意して闘い、最後まで己を貫いた、極めてまっすぐで人間味のある人だったのです。

太郎の著作の中でも「自分の中に毒を持て」は、芸術に興味がない方にも十分に読み応えがあり、岡本太郎という魅力的な人物との出会いにはもってこい。読み進むうちに数々の言葉によって、自分が勝手につくりあげていた常識という「殻」がバリバリと剥がされていきます。

■テクニカルな自己啓発ではない、本当の人生哲学

この本では一貫して「己を殺す」「運命を賭ける」ことを説いています。それは太郎自身がパリ留学中の若き日に決意し、生涯実践した生き方です。あの岡本太郎といえども若き日には、目の前に広がる茫漠とした人生に対しどうしていいのかわからず、絶望的な気持ちに陥っていました。

「安全な道をとるか危険な道をとるか、だ。」

彼はひとり佇んでいたパリのカフェで決意します。危険な道へ行くー。この考えが生涯、岡本太郎の行動規範となります。帰国後、戦後日本で彼が残した偉大な功績は、この決意の実践でした。

「誰だって、つい周囲の状況に甘えて生きていくほうが楽だから、きびしさを避けて楽なほうの生き方をしようとする。ほんとうの人生を歩むかどうかの境目はこのときなのだ。安易な生き方をしたいときは、そんな自分を敵だと思って闘うんだ。たとえ、結果が思うようにいかなくたっていい。結果が悪くても、自分は筋をつらぬいたんだと思えば、これほど爽やかなことはない。」(本文より)

■本当の冒険は遠い異国ではなく、日常の中にある

太郎は小市民的に自分の生活範囲だけを死守している人に対して苦言を呈しています。この考えに対しては、日々を真面目に生きる人々からは反論があるかも知れません。

そもそも太郎はパリ留学時代に文化人類学、民族学を学んでおり、日本社会以外の人類の多様な生活や価値観、そこに立ち現れる「ほとばしる生」を見ています。それらは「人生がひらかれる」というように表現されていますが、本当に「生きる」とはどういうことか、現代の日本人は本当に「生きて」いるのか。閉塞感のある今の日本にこそ、この疑問が突きつけられているように思います。

太郎は本当に「生きる」ために己を殺す事、そして迷いを振り切り、自身の運命に賭ける事を説きます。この思考回路は、ただ虚しく日々を生きる人に響くのではないでしょうか。

(「道で仏に遭えば、仏を殺せ」という臨済禅師の言葉に対し)「出逢うのは自分自身なのです。自分自身に対面する。そうしたら、己を殺せ。(中略)自分を大事にしようとするから、逆に生きがいを失ってしまうのだ。己を殺す決意と情熱を持って危険に対面し、生き抜かなければならない。」(本文より)

「冒険は賭けである。ならば一生を通しての闘いであるべきだ。(中略・一時の気休めの「旅」や「冒険」に対して)そんな些細なバランスの上でいい気になっているお遊びより、生涯を通じて、瞬間瞬間の「危険に賭ける」のが真の人間のあり方だと思うのだ。」(本文より)

「好奇心というのは、そのように生命を賭けて挑む行為に裏打ちされなければ、生きる感動としてひらかないのではないか。」(本文より)

■岡本太郎から、苦難の時代を生きる日本の若者へのメッセージ

残念ながら、もうこの世に岡本太郎はいません。しかし、彼の子孫とも言える作品や言葉はたくさん世に残っています。彼にとっての芸術とは、彼の思いや情熱が他人を突き動かし、世界がよりまばゆく輝くためのものだったのかもしれません。

本当であれば、身近に太郎のような魅力的な人生の先輩がいてくれればいいのですが、残念ながら現在の日本では、若者を押さえつけてしまうような諸先輩が多く見られるのが実情です。太郎は未熟であることや、どこにも属していない「まだ何者でもない」若者のことを、「ふくれあがる可能性がある」存在として肯定していました。


「自分自身の生きるスジはだれにも渡してはならないんだ。この気持ちを貫くべきだと思う。どこにも属していないで、自由に自分の道を選択できる若者だからこそ決意すべきなんだ。新しく出発するチャンスなのだから。」(本文より)
 

「挑戦した上での不成功者と、挑戦を避けたままの不成功者ではまったく天地のへだたりがある。挑戦した不成功者には、再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが、挑戦を避けたままでオリてしまったやつには新しい人生などない。(中略)人間にとって成功とはいったい何だろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか。」(本文より)

「あいつは天才だから、芸術家だから」といった言われ方に、それはやらない口実でしかない、才能なんかクソクラエと太郎は反発します。今のままの自分ではいけない、でも身動きが取れない。そんな人生の袋小路に入り込んでいる「真面目な」人こそ、力強い生き方を貫いた太郎の言葉に触れてみてはいかがでしょうか。

岡本太郎に興味が出てきたら、著書「今日の芸術」「日本の伝統」あたりを読んでみるとよいでしょう。時代背景は少し古いのですが、芸術や文化人類学の視点を用いて平易に論じつつ、常識がガラガラと崩れるような、世界の見え方が変わるような衝撃を与えてくれます。「芸術は爆発だ!」のあのイメージとは違い、きちんと話の筋道が立っているので読みやすいと思います。

それと、東京・南青山にある「岡本太郎記念館」。かつての太郎のアトリエ兼住居を美術館として公開しています。当時の熱量がそのまま残る空間は必見で、自分の中から何かがわき上がってくるかも知れません。

▼岡本太郎記念館ホームページ
http://www.taro-okamoto.or.jp/guide.html