1月 102014
 

現代の今和次郎か宮本常一か。僕が尊敬している編集者であり写真家の都築響一氏の著書をご紹介します。今回ご紹介したいのは「刑務所良品」。日本全国の刑務所で日々生産される、地味だけれど良質な製品がたくさん紹介されています。

矯正展、刑務所売店で触れる受刑者の生活の片鱗

刑務所に入ると、受刑者は何も毎日瞑想をしているわけでも拷問を受けている(そんなわけないか)わけでもありません。多くの人は「矯正」という名目で、日々何かしらの労働に従事しています。各刑務所の売店、ウェブサイト、ならびに日々全国のどこかで開催される「矯正展」という展示即売会において、製作された製品は一般の市民の元へ売られます。

確信に満ちた平凡

こうした「刑務所良品」たちは都築氏によれば、デザイナーが創り出すオリジナリティとは真逆の、「確信に満ちた平凡」があるとのこと。

「ほかとはちがうなにか」ではなく、「いちばんほかといっしょで、いちばんふつうのなにか」を、一点の疑いもなしに、全国的なスケールで、国を挙げて追求しつづけてきた存在。それが刑務所製品の作り手たちなのだろう。

この本の中では、多くの刑務所製の製品が紹介されています。箪笥、ソファ、テーブルからティッシュケース、食器、靴、割烹着まで、どれも没個性、シンプル。そこから漂うのは、おばあちゃんの家、あるいは久しぶりに実家に帰った時に感じる、あの何ともいえない「ダサいような温かいような」不思議な感覚。「確信に満ちた平凡」を追い求めた製品には、不思議な力が宿っているように感じます。

熟練の技術を要する作業は長期受刑者が

興味深いのが、熟練を要する作業内容である部門ほど、長期間の受刑者が従事しているということ。まあ当たり前と言えば当たり前なのですが、木工家具や茶器、ガラス細工など、技術習得の到達点が高い作業ほど、よりハードコアな受刑者が担当しているわけです。

中にはそうした技術習得の流れの中で、モノをつくる喜びに目覚める受刑者もいる様子。廃材の利用を考えているうちに、御神輿(お値段1,000万円超!でも市販のものより格安)を作るというアイディアが生まれるなど、荒くれ者(?)たちの心境の変化に一役買っているようです。

刑務所内の写真も多数

著書には普段見ることのできない刑務所内の作業を撮影した写真、刑務所内のランドスケープ、それに千葉、沖縄、広島、府中、岩国各刑務所の潜入ルポタージュ、お得な全国刑務所情報、矯正展情報なども折り込まれており、なんとなく「塀の中の世界」に興味がある人の入門編としてもってこいです。

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8月 282013
 

何しろ四半世紀も前の子供時代のことなので細かい記憶は曖昧なのですが、山形県・羽黒山の宿坊「生田坊」に泊まったことを今でも覚えています。

予約ミス・宿坊との出会いは突然に

我が家では年末年始に羽黒山に旅行に行くというのが毎年の恒例で、定宿として「羽黒国民休暇村」を利用していました。国民休暇村は現代的な旅館施設で至って快適でしたが、ある年のこと。宿舎に到着してみると、ダブルブッキングがあったのか、予約のミスで部屋が確保されていませんでした。急遽宿の人が手配してくれたのが、少し山を下った宿坊街・手向(とうげ)にある宿坊「生田坊」でした。手向は江戸時代には336軒、現在でも30数軒の宿坊が残る、有数の宿坊街。

何しろ80年代(お洒落なペンションだとか君に胸キュンだとか浮かれていたご時世)のことですから、突然手配された超和風旅館に家族もビックリ。まだまだ若かった父は、昔ながらの宿に少々不満げでした。ただ宿泊自体はごく普通の民宿と変わらず、ご飯は美味しかった(山菜とか)と思うし、和風建築は子供心にテンション上がるし、宿の方も優しいしで、楽しかった覚えがあります。

何よりも宿坊を通して羽黒山の修験道文化の片鱗を感じられたのが、とても良かったと思います。具体的に宗教行事はありませんでしたが、やはり宿坊独特の静寂な空気感はあったと思います。現在でも夏休みなどに小学生が体験宿泊に来るらしく、あの雰囲気を子供のうちに味わえるのは貴重だと思います。

寒かった笑 でも家族旅行で一番印象深い宿

生田坊で一番よく覚えているのが、寝る時にエラく寒かったこと。急な来客だったこともあるのでしょうが、布団が氷のように冷たく、家族でガチガチ震えながら寝た記憶があります。(※現在の生田坊をネットで調べると、四半世紀前よりはるかにキレイ、暖房施設も整備されていると思います。当時は恐らく旧館、あるいはさらに古い部屋に泊まったと思われます笑。)

翌日は休暇村に空き部屋があったので、結局「生田坊」は一泊のみの体験でした。未だに当時の話になると父が嬉しそうに「生田坊は寒かったよなーww」(すでに百回くらいこの話しをしている)と言うことなどからも、家族にとっては忘れられない体験となっています。

羽黒山参籠所「斎館」宿泊も興味深い

羽黒山国民休暇村も便利で使いやすい宿泊施設ですが、羽黒山の修験道の雰囲気を味わうなら、手向の宿坊街に泊まってみるのが楽しいと思います。信者しか宿泊できない宿もあるようなので、事前に確認したほうがいいでしょう。

また、羽黒山の宿泊施設には歴史のある参籠所「斎館」もあり、こちらは鶴岡市文化財指定の「華蔵院」(1697年再建)という寺が「斎館」として残ったもの。文字通り出羽三山神社の神域での宿泊で、宿泊者は毎朝行われる「御日供祭」に参列できます。

宿坊民宿・生田坊 データ
http://www.ikutabou.com/
〒997-0211 山形県鶴岡市羽黒町手向手向75
0235-62-3600
1泊2食付 7,500円

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8月 272013
 

「新しい日本地図」(高井ジロル著・アートン新社)という、少々柔らかめな本から。

この本は、日本全国にある地名を集めてマッピングして「遊んで」います。ん?どういうことか。具体例を挙げた方が解りやすいので、ピックアップするとー。

▼フルネームマップ

「北沢類子=きたざわるいこ」「造田是弘=ぞうだこれひろ」「狐崎次郎=きつねざきじろう」「東花子=ひがしはなこ」「米谷清シ=まいたにきよし」

これ、人名じゃなく地名です。北沢類子から順に、宮城県(北沢)、香川県(造田)、宮城県(狐崎)、徳島県(東)、兵庫県(米谷)で実在する地名です。

▼Google Mapより、香川県さぬき市造田是弘。地図を拡大すると造田是弘さんが現われます。


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▼口語とかマップ

「しっかり=尻労(青森県)」「なんじゃい=南蛇井(群馬県)」「あらま=安楽満(岐阜県)」「あたた=阿多田(広島県)」「あっそ=且来(和歌山県)」「ヲヲット(東京都大島)」

しっかりしんさい!あらまー。など、日常口走ってしまう言葉のようですが、これらも地名です。「なんじゃい」「あたた」「あっそ」辺りは漢字変換でバシッと出てきます。

こんな感じで文化人類学的なしっかりとした地名の分類ではなくて、あくまで著者の遊び心でキーワードごとに、面白地名を集めて地図にしております。小学生男子が大好きな地名「スケベニンゲン」(Scheveningen:オランダ)「エロマンガ島」(Erromango Island:バヌアツ)でウヒャウヒャ笑うの巻、の大人版みたいなものですね。ちなみに最近の地図ではエロマンガ島は「イロマンゴ島」と表記されているらしく、どこかしらからの圧力があったのではと勘ぐってしまいます。

▼全国の小学生男子憧れの島、エロマンガ島改めイロマンゴ島。名前とは裏腹に、哀しい歴史を持つ島でもあります。
エロマンガ島の食人部族の子孫、170年前に先祖が食べた宣教師の子孫に謝罪


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そして僕が気になったのが「美女マップ」。

▼美女マップ

「美女高原(岐阜県)」「美女峠(福島県)」「美女池(兵庫県淡路島)」「美女平(富山県)」「美女塚(長崎県対馬)」「美女ケ脇(愛知県)」…

おお…。こんなにも地名に「美女」が残されているなんて。やはり日本の歴史上には数多の美女伝説があって、ご先祖様も美女には滅法弱かったのか。これが安倍氏が言うところの「美しい国、日本」ということか…

ちょっと日本の国土を見直しかけたところですが、実はこの「美女」という地名。湿地帯などで泥濘(ぬかるみ)のあるところを「ビショケ」「ビショビショ」というらしく、それが転じて「美女」になったものが多いとのこと。

女性の酸いも甘いも経験した成人男子(自称)としては美女が泥濘・ヌカルミだなんて、(いい意味で)その通りじゃないかと思うわけですが、残念ながら漢字は後付けの当て字なんですね。「美女」なんてロマン溢れる地名が付いた場所では、当然その風景を見ている人たちの想像力がかき立てられるわけで、時とともに人々の心の中に新たな美女伝説が形成され、その土地の風景とリンクされていきます。

美女高原を訪れた男性諸氏の胸に生まれる「美女伝説」のように、地名には日々新しい付加価値が加わっていきます。京都もエロマンガ島も六本木もセントレアも、地名が生まれた瞬間の思惑とは違う方向に、それを使用する人たちの手垢にまみれて、次の世代へと手渡されていきます。それもまた、地名の面白さではないでしょうか。