8月 032013
 

最近奄美諸島関係の仕事を手伝っているので奄美の存在を気にしていたら、写真家・管洋志の素晴らしい写真集「奄美~シマに生きて」に出会いました。観光ガイドブックを見るよりも、これ一冊をじっくり見た方が、よほど奄美の姿が理解出来るように思います。

■美しいけれどどこか哀しい…奄美の風景

一般的に奄美群島は琉球・沖縄と混同されがちで(行政区域は鹿児島県)、「南国リゾート」「エメラルドの海と白い砂」的なイメージを持たれている方も多いと思います。確かに海は美しいしマングローブも島唄もあるし、そこまで間違ったイメージではないのですが。

奄美群島の歴史はなかなかに複雑です。琉球、薩摩藩、そしてアメリカと、時代のうねりの中で支配者がコロコロ変わり、島人は苦しい生活を余儀なくされてきました。そうした悲哀の歴史の名残なのか、どこか陰影のある独特の文化や風景が形づくられ、今に伝えられています。

■管洋志の「人間写真」

写真家・管洋志は「人間写真」をテーマに掲げアジア各国、特に東南アジアを中心に、滾る(たぎる)ような人間の生活の風景を写し続けてきました。管の写真は一言でいえば「生々しい」。

例えば奄美の無邪気な小中学生の写真。溌剌としていて、人間の生の感覚に溢れているなあと思って見ていると、ズボンが汚れ、穴があいていたりします。あるいは中学生男子の生えかけのヒゲ、つながりかけの眉毛が、毛穴ごと目に飛び込んできたりします。

同様に石垣の朽ちたディテール、植物の産毛、筋肉が落ちた老人のスネ、親戚縁者の集まりの席、夜の帳(とばり)に細々と灯される家の明かり、特攻隊の記憶など、「亜熱帯」「南国」という言葉から連想される陽のイメージとは違う、ざらざらとした生活の姿が切り取られています。

写真集巻末の文章も、奄美を知る手がかりとして面白いものでした。島では車ですれ違う時に頭を下げて挨拶する(たとえ知り合いでなくとも)など、実際に島に行かなければ体感できないようなエピソードも。

旅に求めるものは人それぞれ違うとは思いますが、例えば現在の生活を見直し一度リセットしてニュートラルな気持ちになりたい時などは、奄美群島はいいかも知れませんね。まだまだ記号消費的な観光が浸透していない島だと思うので(それでいて面積、人口とも大規模な群島)、ゆっくりと巡る甲斐があると思います。

関連記事
奄美琉球居酒屋・土濱笑店で新名物「パパイヤもずくキムチ」に出会う
奄美群島しーまブログ 奄美の食・酒・旅行情報はここで集めよう
奄美伝統発酵飲料「ミキ」を体験。好き嫌いが分かれるらしいけど美味しかったよ?

6月 172013
 

2013年7月から早くもSeason3が放映開始される、テレビ東京系深夜ドラマ「孤独のグルメ」。松重豊扮する主人公・井之頭五郎が地味な食堂で独り言をいいながら食べているだけなのに、各方面から絶賛の声が聞かれます。

好評の要因と思われるのが松重豊の食べっぷりと、出された食べ物に対する実感のこもった独り言。バラエティ番組でタレントが発する軽薄な「うまーい!」とは対極にあり、食べる喜びが伝わってきます。これは松重豊氏の力量によるところが大きいと思われますが、原作マンガの井之頭五郎氏も、独り言では負けていません。

グルメレポーター職人の阿藤快、彦摩呂を凌ぐ(?)実力の持ち主、マンガ版・五郎氏の「味の名表現」をご紹介します。なおこれらの名台詞、すべて声は発しておらず、五郎氏の心の声となっております。松重豊の声で脳内再生推奨。

6月 122013
 

この本は強烈な上昇志向を持っている人、他人を押しのけてでも自己主張が出来る人、いわゆる「バトルタイプ」向けの本ではありません。それとは対極の、気弱で優しい「非バトルタイプ」に向けて書かれた本です。

■専業の美徳が説かれてきた日本 

著者の伊藤氏が提案するのは大きく二つの考え方。ひとつは職業を「専業」とせず、「兼業」をしながら生きてみるという考え方。もうひとつは生活にお金をかけない事。自分で出来る事はなるべく既存のサービスを頼らずに、自分でやってみようという考え方。これはゆくゆくは仕事づくりにも繋がっていきます。

これまで日本社会では「専業」の美徳が説かれてきました。ひとつの仕事に邁進し、知識や技能を極限まで高めれば、将来的にはやがて尊敬が集まり、経済的恩恵も受けられる。そのためには多少の犠牲は覚悟の上。やがてグローバル化が進み、資本主義が極限まで成熟した現在、そんじょそこらの技術や知識では生きていけない、他人をなぎ倒す強さがないとやっていけない、「生きるだけでもキツい」先鋭化した世界がやってきました。でも、ちょっと待ってよ、仕事って本来、ともに生きていく周囲の人を手助けする事で成立していたものではなかった?

実は戦後の日本社会では、職種を大幅に絞り仕事の多様性を捨てることで、高度経済成長を成し遂げてきました。大正9年の国勢調査で国民から申告された職業は約3万5000種、現在の厚生労働省の「日本標準職業分類」によれば、今は2167職種。何と10分の1以下。それぞれ儲かるかどうかは別にして、大正時代は現在よりもより細かく、個人の特性に合った職業が存在していたとも考えられます。多くの人は、それらの仕事を複数組み合わせる事で生計をたてていました。

■伊藤氏のナリワイ

本文では伊藤氏の現在の具体的な生計の立て方、「ナリワイ」について解説されています。観光地巡りではない「モンゴルツアーの企画」、「木造校舎ウェディング」、6月だけの「梅農家」、「著述業」、「ブロック塀ハンマー解体協会」、「全国床張り協会」etc…。

こういう具体例が出ると「そんなのでやっていけるわけがない」「それはあなただからできる」という声が必ず出ます。確かに、これをマニュアルとして各人がそのまま真似たところで上手くいかないでしょう。

この本で大切な事は、伊藤氏の具体的な行動の中から、抽象的な生きるヒントをしっかり拾い上げる事です。

伊藤氏の「ナリワイ」の多くは、いわゆる「プロフェッショナル」な力量を必要としません。スキルとしてはちょっとした「お手伝い」レベルで出来てしまうことが多いです。前述した「戦後の日本の価値観」で考えると、こういう素人仕事ではダメだ、となります。「プロフェッショナルの技術がないと、やがて淘汰されてしまう。」「お金をもらうのだから、プロにしか出来ない完璧な仕事をすべき…。」しかし、伊藤氏は自らの仕事を別の視点で眺めています。

■プロの技術を借りずに生きてみると、そこから仕事が生まれる?

 

ナリワイとは、個人で元手が少なく多少の特訓ではじめられて、やればやるほど頭と体が鍛えられて技が身につき、ついでに仲間が増える仕事のことです。
(「ナリワイ本」ホームページより引用)

プロの技や専業にこだわらずに、まずは生活の中で自分が出来る事を自分でやってみる。これはお金の節約になると同時に、自分自身の生きるスキルの鍛錬にもなります。伊藤氏は京大の農学系出身なので「ナリワイ」が農的分野に少々偏っています。しかし都市生活の中でも、今まで企業のサービスに頼っていたものを自分でやってみると、案外あっさり出来てしまう事って多いのです。それで、じゃあこれを友人にもやってあげよう、と少しずつ仕事の可能性が広がるのはよくある話です。その過程で仲間が増え、商売の方法論も少しずつ学んでいくことでしょう。

小さな仕事はグローバル化の波に飲み込まれにくい「ニッチ」なものも多いです。近所のおばちゃんが肩揉みをしてもらいたい(ついでに世間話を聞いてもらいたい)時に、人件費が安いからとインドまで外注する人はいませんよね。苛烈な競争を続ける「世界」を相手にしなくてもいい仕事を発見して、それを少しずつ育てていくのが、伊藤氏の言う「ナリワイ的」な働き方というわけです。

■いきなり100kgのバーベルを持ち上げようとするマッチョな生き方

書店の「夢はかなう」的な自己啓発系書籍のラインナップを見て思うのは、筋トレをしたことがない人にいきなり100kgのバーベルを持ち上げさせようとしているような、そんなマッチョ思考な書籍が多いのでは、ということ。高校時代の部活の筋トレで、まずはバーベルの重りをつけずに「棒だけ」でトレーニングをさせられたことを思い出します。

マッチョな人からすると、棒だけセッセと持ち上げている姿は失笑モノかも知れませんが、実はあの棒、10kg以上あるんですよね。あれを練習の合間などに地道に100回、300回と持ち上げていると「遅筋」が付いていきます。陸上部の長距離チームにいた非力な僕にとっては、ひょいひょいと持ち上げていた「棒」が、基礎体力づくりに大いに役に立ちました。

「ナリワイ本」は現時点で非力な人がどうやって筋肉を付けていき、基礎体力を身につけていくかを説いている本だと思います。そのため、読んだら明日からすぐ秒速3億円!というような即効性があるわけではありません。たとえ1円でもいいから自分で考えて商いをしてみる(この0円と1円との間に大きな壁がある)、そんな身の丈に合った生活をスタートさせたい方には、とても有意義な本だと思います。

終身雇用制度なんてとっくに崩壊していますから、自らの手で仕事を創り出す方法論を肌身を持って知るのは、大切な事だと思います。

自分の手で1円を稼げた事でビジネスの面白さに目覚め、そこから突如マッチョに変身するのも、アリだとは思います笑。