6月 072013
 

岡本太郎と言えば「芸術は爆発だ」のセリフが有名で、変わり者、エキセントリックな人というイメージで見られがちです。しかし、本当の彼は繊細でした。誰よりも悩み、その上で決意して闘い、最後まで己を貫いた、極めてまっすぐで人間味のある人だったのです。

太郎の著作の中でも「自分の中に毒を持て」は、芸術に興味がない方にも十分に読み応えがあり、岡本太郎という魅力的な人物との出会いにはもってこい。読み進むうちに数々の言葉によって、自分が勝手につくりあげていた常識という「殻」がバリバリと剥がされていきます。

■テクニカルな自己啓発ではない、本当の人生哲学

この本では一貫して「己を殺す」「運命を賭ける」ことを説いています。それは太郎自身がパリ留学中の若き日に決意し、生涯実践した生き方です。あの岡本太郎といえども若き日には、目の前に広がる茫漠とした人生に対しどうしていいのかわからず、絶望的な気持ちに陥っていました。

「安全な道をとるか危険な道をとるか、だ。」

彼はひとり佇んでいたパリのカフェで決意します。危険な道へ行くー。この考えが生涯、岡本太郎の行動規範となります。帰国後、戦後日本で彼が残した偉大な功績は、この決意の実践でした。

「誰だって、つい周囲の状況に甘えて生きていくほうが楽だから、きびしさを避けて楽なほうの生き方をしようとする。ほんとうの人生を歩むかどうかの境目はこのときなのだ。安易な生き方をしたいときは、そんな自分を敵だと思って闘うんだ。たとえ、結果が思うようにいかなくたっていい。結果が悪くても、自分は筋をつらぬいたんだと思えば、これほど爽やかなことはない。」(本文より)

■本当の冒険は遠い異国ではなく、日常の中にある

太郎は小市民的に自分の生活範囲だけを死守している人に対して苦言を呈しています。この考えに対しては、日々を真面目に生きる人々からは反論があるかも知れません。

そもそも太郎はパリ留学時代に文化人類学、民族学を学んでおり、日本社会以外の人類の多様な生活や価値観、そこに立ち現れる「ほとばしる生」を見ています。それらは「人生がひらかれる」というように表現されていますが、本当に「生きる」とはどういうことか、現代の日本人は本当に「生きて」いるのか。閉塞感のある今の日本にこそ、この疑問が突きつけられているように思います。

太郎は本当に「生きる」ために己を殺す事、そして迷いを振り切り、自身の運命に賭ける事を説きます。この思考回路は、ただ虚しく日々を生きる人に響くのではないでしょうか。

(「道で仏に遭えば、仏を殺せ」という臨済禅師の言葉に対し)「出逢うのは自分自身なのです。自分自身に対面する。そうしたら、己を殺せ。(中略)自分を大事にしようとするから、逆に生きがいを失ってしまうのだ。己を殺す決意と情熱を持って危険に対面し、生き抜かなければならない。」(本文より)

「冒険は賭けである。ならば一生を通しての闘いであるべきだ。(中略・一時の気休めの「旅」や「冒険」に対して)そんな些細なバランスの上でいい気になっているお遊びより、生涯を通じて、瞬間瞬間の「危険に賭ける」のが真の人間のあり方だと思うのだ。」(本文より)

「好奇心というのは、そのように生命を賭けて挑む行為に裏打ちされなければ、生きる感動としてひらかないのではないか。」(本文より)

■岡本太郎から、苦難の時代を生きる日本の若者へのメッセージ

残念ながら、もうこの世に岡本太郎はいません。しかし、彼の子孫とも言える作品や言葉はたくさん世に残っています。彼にとっての芸術とは、彼の思いや情熱が他人を突き動かし、世界がよりまばゆく輝くためのものだったのかもしれません。

本当であれば、身近に太郎のような魅力的な人生の先輩がいてくれればいいのですが、残念ながら現在の日本では、若者を押さえつけてしまうような諸先輩が多く見られるのが実情です。太郎は未熟であることや、どこにも属していない「まだ何者でもない」若者のことを、「ふくれあがる可能性がある」存在として肯定していました。


「自分自身の生きるスジはだれにも渡してはならないんだ。この気持ちを貫くべきだと思う。どこにも属していないで、自由に自分の道を選択できる若者だからこそ決意すべきなんだ。新しく出発するチャンスなのだから。」(本文より)
 

「挑戦した上での不成功者と、挑戦を避けたままの不成功者ではまったく天地のへだたりがある。挑戦した不成功者には、再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが、挑戦を避けたままでオリてしまったやつには新しい人生などない。(中略)人間にとって成功とはいったい何だろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか。」(本文より)

「あいつは天才だから、芸術家だから」といった言われ方に、それはやらない口実でしかない、才能なんかクソクラエと太郎は反発します。今のままの自分ではいけない、でも身動きが取れない。そんな人生の袋小路に入り込んでいる「真面目な」人こそ、力強い生き方を貫いた太郎の言葉に触れてみてはいかがでしょうか。

岡本太郎に興味が出てきたら、著書「今日の芸術」「日本の伝統」あたりを読んでみるとよいでしょう。時代背景は少し古いのですが、芸術や文化人類学の視点を用いて平易に論じつつ、常識がガラガラと崩れるような、世界の見え方が変わるような衝撃を与えてくれます。「芸術は爆発だ!」のあのイメージとは違い、きちんと話の筋道が立っているので読みやすいと思います。

それと、東京・南青山にある「岡本太郎記念館」。かつての太郎のアトリエ兼住居を美術館として公開しています。当時の熱量がそのまま残る空間は必見で、自分の中から何かがわき上がってくるかも知れません。

▼岡本太郎記念館ホームページ
http://www.taro-okamoto.or.jp/guide.html

 

5月 282013
 
「失敗を恐れない」という姿勢だけでは弱い。
「必ず成功させるのだ」という強い意志を持て。
ージャック・ニクラウス

たまには言葉のご紹介でも。先日友人と話している時に、ふと教えてもらった名言をご紹介します。
友人はこの言葉に大変感銘を受けたそうですが、僕もこの言葉を聞いた瞬間に文字通り、目から鱗が落ちました。

ジャック・ニクラウスは、1960年代から90年代にかけて活躍したアメリカの名プロゴルファーです。以前は日本のテレビでもよく名前が出ていましたね。「ゴールデン・ベア」(帝王)と呼ばれ、ゴルフをメジャースポーツに押し上げた偉大な人物です。
golf

■「失敗を恐れない」は人類共通の鉄則

人生を前向きに生きた人、チャレンジ精神を持って切り拓いていった人たちは、口を揃えて「失敗を恐れるな」と言います。これは人類が長い歴史で培った「集合知」のようなもので、エジソンにしてもライト兄弟にしても、とにかく失敗を恐れずにいろいろと試してみる事で、人類は新しい世界を拓いてきました。

しかしニクラウスは、「失敗を恐れない」だけでは足りないといいます。
「必ず成功させるのだ」という強い意志を持て、と。

■視点が変わり目から鱗

この視点の変換が僕には「目から鱗」でした。【「必ず成功させるのだ」という強い意志】を持つ事で、そこには「戦略」が生まれ、それをトライ&エラーで試し続けるという明確な道筋がフォーカスされます。

「失敗を恐れない」軽やかな身体を持ちつつ、必ず目的地点にたどり着くという強い意志を持つ。強い意志を持つからこそ、余計なものが削ぎ落とされた戦略と思考が浮かび上がるように思います。

■ニクラウスのその他の名言もついでにご紹介。
・私には何年も負け続けていた時期がある。しかし試練の日々を過ぎてみれば、あのスランプの時期、負けが込んでいた時期の忍耐が堅固な城壁を作り上げ、攻めにも守りにも強い私の精神力を育てたのだと思う。

・夢はモティベーションを駆り立ててくれるけど、夢を実現させるには具体的な要因、知識と努力が必要になる。

・自分自身をコントロールすること。それは激情を抑えることではない。
激情を自分に起こさせない能力をいうのだ。

・人は心から楽しめるもののみにベストを尽くせると、私は強く信じている。
ちっとも楽しくないことに高い能力を発揮するのは至難の業だ。

・全力で闘おうとしない者に、勝利は微笑まない。

あまり頼りすぎてもいけませんが、人生の側に名言をそっと置いておきたいものです。

5月 212013
 

浅草寺を抜けて伝法院通りから続く「六区通り」、そこから「六区ブロードウェイ」にある浅草演芸ホール・東洋館一帯までを歩くと、東京のお笑い文化の蓄積を凝縮して見る事が出来ます。よくビートたけしがテレビで言うお笑いの街としての「浅草」はこの一帯の事です。

■浅草演芸ホールは落語が中心

建物左側「浅草演芸ホール」は落語が中心の寄席。漫才、マジックなどの「いろもの芸」も見られます。この日は桂歌丸さんも出演。道ゆく人に「遺影みたい」などとキツい事を言われていましたが、まだまだお元気です。常時行われている落語協会主催の寄席は、昼夜入れ替えなしで大人2,500円。昼夜合わせて40組ほどが出演しますので、みっちり楽しめます。
浅草演芸ホール外観
▲浅草演芸ホール外観。同ビル右側が東洋館の入り口になります。
ミスター笑点・桂歌丸
▲ミスター笑点・桂歌丸。お茶の間に愛される国民的噺家さん。
入りの時刻には歌丸さんに会えるかも。

■東洋館(旧フランス座)は都内で唯一のいろもの寄席

対する右側は「東洋館」(旧フランス座)。かつてはストリップ劇場で、若かりし頃のビートたけしが出入りしていたのがココ。こちらは漫才・漫談などの「いろもの」が中心の演芸場です。昭和のいる・こいる、ナイツ、Wコロンなど、テレビでお馴染みの芸人が出演していました。こちらも入れ替えなしで通常期2,500円。浅草演芸ホールの出演者と見比べて、好みの方に入場するといいでしょう。
浅草東洋館・出演陣
▲東洋館の出演陣。あした順子、青空球児好児、内海桂子などなど。

浅草演芸ホール・色物芸人
▲豆知識。「いろもの」芸人という呼び名の由来は寄席の「めくり」(落語の高座でパラリと紙をめくるの、ありますよね)から。落語と講談以外が色文字(朱文字)で書かれた事から「色物」と呼ばれるようになったそうです。

■六区通りにはスターの写真がズラリ。

六区通りには東京の演芸を彩ったスター達の顔写真看板が並びます。エノケンや渥美清、関敬六、萩本欽一、内海桂子好江、東八郎(片隅に息子の東貴博も)などのスターはもちろんの事、なぜかVシネマの帝王・哀川翔兄さんの姿も。浅草が舞台の映画に多く出ている縁とか。写真を見ながら歩くと、こんな人も浅草出身なのかと勉強になります。
浅草六区・哀川翔看板
▲哀川翔アニキも浅草の顔の一人。それにしてもこのポーズ、安定のキャラです。

ちなみに一枚だけ空白の看板があり「予約済み」と書かれています。ここにはビートたけしが「死んだら」入る予定(本人の希望)らしいです。大物はこういう「ストーリー」を創るのがうまいなあと感心。

六区スター看板一覧。
http://www.edo.net/edo/asakusa/6-kanban/

■浅草公会堂には名優・芸人たちの手形を集めた「スターの広場」

浅草公会堂入り口脇にあるスター手形も、浅草名物。こちらは直接浅草から飛び立った人だけではなく、日本の大衆芸能文化に貢献した人を毎年台東区が選出しているものです。そのメンツがまたスゴい。三船敏郎、山田五十鈴、藤山一郎、勝新太郎、木下恵介といった大御所や、最近亡くなった市川団十郎、中村勘九郎(勘三郎)など大スターの手形を触れるので、その存在を身近に感じられます。
「スターの広場」一覧

■鯨(ゲイ)を喰って芸を磨け!「捕鯨船」は芸人に愛される店

六区通りの中程にある鯨料理の店「捕鯨船」。芸人行きつけのこちらの店頭には、店主と芸人達が写った写真がこれでもか、と飾られています。ビートたけし、なぎら健壱、さまぁ~ず、内村光良などの芸人から西田敏行、桑田圭祐、布袋寅泰などの顔も見られ、幅広いです。店自体は夕方からの開店のようですが、昼間でも写真は見られます。この写真群を見つけた観光客は嬉しそうに見入り、「○○がいた!」と声をあげています。
浅草六区・捕鯨船

■世界でいちばん小さな劇場「浅草リトルシアター」明日を夢見る若手芸人

昼間、伝法院通り・六区通りあたりでチラシ配りをしている若いお兄さんお姉さんたちがいます。「浅草リトルシアター」に出演する芸人の卵です。「浅草リトルシアター」ではほぼ毎日お笑いライブが行われ、芸人達が腕を磨いています。チラシを一枚貰ってみると、片隅にマジックで「シャロル」とコンビ名らしきものが書いてありました。このチラシを受付に見せれば配った芸人さんにキックバックがあるのかな?「シャロル」さんガンバレ!(見に行ってないけど)
こちらは大人1,500円・中高生500円と浅草演芸ホールや東洋館より入場料が安いので、原石発掘作業が好きな方はこちらへ。